緒戦の勢いがあったにもかかわらず、なぜ頼朝軍はこれほど無残な敗北を喫したのか。その敗因と理由は大きく3つに集約されます。
第一の理由は、三浦軍の合流遅延です。頼朝軍の主力として期待されていた三浦義明・義澄らの三浦一族(約500騎)は、石橋山へ急行していたものの、折からの豪雨によって増水した酒匂川を渡ることができず、対岸で足止めを食らってしまいました。
第二の理由は、大庭景親による夜襲の決断です。景親は三浦勢が合流する前に頼朝軍を叩くべく、豪雨と暴風に紛れて夜間奇襲を仕掛けました。闇夜と悪天候の中で多勢に無勢の頼朝軍は指揮系統が乱れ、防衛線を瞬く間に突破されました。
第三の理由は、背後からの伊東祐親軍による挟撃です。前方の圧倒的多数に圧迫される中、後方の山側からも敵が押し寄せたことで、頼朝軍は退路を絶たれ、散り散りになって壊滅へと追い込まれました。