曲中、凄まじいスピード感で繰り広げられる英語ヴァースは、リスナーを一瞬で引き込むフックとなっている。難解な語彙が並んでいるわけではない。だが、英語圏特有のリズムと日本語の母音感覚が衝突することで、独特のグルーヴと焦燥が立ち現れる。
例えば冒頭から中盤にかけて歌われる一節では、他者からの評価や世間の欺瞞に対する激しい嫌悪、そして何より「自分自身への絶望」が赤裸々に綴られている。
"Why do I have to be the one who gets so sentimental?"(どうして僕ばかりが、こんなにも感傷的にならなきゃいけないんだ?)
直訳すればシンプルな疑問形だが、前後の文脈を汲み取ると「周りのように割り切って生きられない不器用な自己」への苛立ちが滲む。また、自虐的なユーモアを交えながら自らを宇宙の塵に例えるラインでは、圧倒的な虚無感の先に「それでも君とつながりたい」という切実な渇望が顔を出す。野田洋次郎が込めたのは単なる怒りではなく、他者との真の交感を渇望する魂の叫びだった。