指導者としての黒江氏の名声を決定づけたのが、中日ドラゴンズにおける星野仙一監督とのタッグです。情熱的で時に感情をむき出しにして選手を鼓舞する「動」の星野監督に対し、ヘッドコーチの黒江氏は沈着冷静に戦況を分析する「静」の役割を徹底しました。
星野氏は生前、「黒江さんがベンチにいてくれたからこそ、自分は思い切って選手を引っ張ることができた」と語るほど厚い信頼を寄せていました。黒江氏はベンチ裏で選手たちの心理的動揺をケアし、采配の意図をわかりやすく噛み砕いて伝える翻訳者として機能したのです。
1988年の中日リーグ優勝時、星野監督の激しいゲキの陰で、内野守備陣の連係や相手打者の傾向を綿密にデータ化し、選手にインプットしていたのが黒江ヘッドコーチでした。怒声が飛び交うベンチにあって、黒江氏の理路整然とした指示と温かみのある対話は、若い主力選手たちにとって精神的な防波堤となっていました。