ネット上のコミュニティやSNSで定期的にバズを起こすのが、「大森南朋と麿赤兒の顔が似すぎている」という視覚的シンクロニシティです。写真が並べられるたびに「骨格の男らしさが同じ」「目元の奥底にある凄みがそっくり」といった驚きの声が広がります。
大森南朋自身も、若い頃はスマートな風貌が目立っていたものの、40代、50代と年齢を重ねるにつれ、父親特有の彫りの深さや野性味あふれる渋さを色濃く受け継いできました。声の周波数や、佇まいだけで場を支配する空気感は、遺伝子のなせる業と言わざるを得ません。
しかし、二人の関係性は決してベタベタした「仲良し親子」ではありませんでした。南朋が幼い頃に両親は離婚しており、兄弟は母親の元で育ちました。当時の特番インタビューや自著・対談で語られた回想によると、幼少期の大森南朋にとって父・麿赤兒は「たまにふらりと現れる風変わりで恐ろしい芸術家」であり、決して平穏な家庭の父親像ではなかったといいます。
決定的な転機となったのは、大森南朋が俳優の道を志し、麿の付き人を経験したことでした。現場で全身全霊を削って舞台に立つ父の姿を直視したことで、恐怖や距離感は「プロの表現者に対する畏敬の念」へと変化。兄・立嗣がメガホンを取った映画『まほろ駅前多田便利軒』などでの親子共演では、馴れ合いを一切排除した冷徹なプロ同士の火花を散らし、映画ファンを唸らせました。