一方、芸能界で順調にキャリアを重ねていた長男の孝太郎は、テレビや雑誌のインタビューなどで時折、家族に対する複雑な想いをのぞかせていた。父親である純一郎氏の厳格な教えに従いながらも、どこかで「どこかに生きているはずの弟」の存在を常に気にかけ続けていたのだ。
十代、二十代の頃は、小泉家の家訓とも言える「会ってはならない」という暗黙の了解に縛られていた。しかし、年齢を重ね、自らも社会の荒波に揉まれる中で、「生きているうちに必ず3人で兄弟として乾杯したい」という思いは強まるばかりだった。孝太郎の内に秘めたその熱い願望が、やがて頑なだった父親の心を動かす契機となっていく。