金澤翔子の軌跡を語る上で、母であり書道の手ほどきをした泰子さんの存在は切り離せない。ダウン症という障害を持って生まれた娘に、生きる糧として書を教え始めたあの日から、二人は二人三脚で険しいアートの世界を駆け抜けてきた。しかし、30歳を過ぎた頃に翔子さんが決断した「一人暮らし」は、親子にとって最大の転換点となった。
かつては母の庇護のもとで表現の翼を広げていた彼女が、今や一人で朝を迎え、一人で夜の静寂に向き合う。この物理的・精神的な距離感こそが、彼女の作風に劇的な進化をもたらした。泰子さん自身も「私から離れたことで、翔子の書はより自由で、誰の真似でもない独自の深みを獲得した」と語る。依存からの脱却が、皮肉にも芸術家としての自立を決定づけたのだ。