しかし、近現代日本史の研究者が一致して指摘する最大の障壁がある。昭和天皇の毅然とした態度だ。決起した青年将校たちは「尊皇」の旗印を高く掲げ、自らの行動は天皇の意に沿うものだと疑っていなかった。だが、重臣らを次々と殺害された昭和天皇の憤怒は、彼らの甘い見通しを根本から打ち砕いた。
仮に反乱軍が要所を占拠し続け、自営の閣僚名簿を押し通そうとしたとしても、昭和天皇が「自ら近衛師団を率いて鎮圧にあたる」という決意を変えない限り、合法的な新政権の樹立は不可能だった。仮に軍部が天皇の意思を無視して政権樹立を強行すれば、それは彼ら自身が掲げた「尊皇」の大義を自ら破滅させることを意味し、陸軍内部の流血の分裂と壮絶な内戦を引き起こす以外の結末はあり得なかった。