山岡家の創業経緯を紐解くと、創業者・山岡正氏の凄まじい執念と現場主義に行き当たります。山岡氏は元々、弁当のフランチャイズ店などを手掛ける実業家でしたが、「一杯の丼で人々を熱狂させる本物のラーメンを作りたい」という情熱からラーメン業界への参入を決意しました。
独学と試行錯誤を重ね、濃厚な豚骨スープと極太ストレート麺を開発した山岡氏が、記念すべき1号店の地に選んだのが国道6号線沿いに位置する茨城県牛久市(現・牛久店)でした。当時のラーメン業界において、豚骨ラーメンといえば九州・博多の極細麺か、横浜周辺の家系ラーメンが黎明期を迎えていた時代です。茨城のロードサイドに突如現れた「強烈な豚骨臭と太麺の24時間営業店」は、当時の常識を完全に覆す存在でした。
創業期に特に重視されたのが、長距離トラックドライバーたちの生活動線です。24時間いつでも熱々でガツンとパンチのある濃厚豚骨が食べられ、大型車が停められる広大な駐車場を備えた牛久店は、深夜の国道を行き交うドライバーたちの間で瞬く間に評判となりました。「牛久にものすごいラーメン屋がある」という噂は、物流ネットワークに乗って全国のトラックドライバーへと伝播していったのです。
牛久店での圧倒的な成功と手応えを得た山岡氏は、次なる一手として1992年に北海道札幌市へ進出(すすきの店を出店)します。寒冷な北海道の気候と、表面を厚いラードの油膜が覆う熱々の濃厚豚骨スープは奇跡的な相乗効果を生み、札幌の夜の街で大爆発的な人気を獲得。その後の全国展開と札幌本社体制の確立へと繋がっていきました。