ネット上では長年、「制作スタジオがお遊びで作った悪ふざけ」「制作者全員が正気でなかった」といった極端な都市伝説が面白おかしく拡散されてきました。しかし、業界取材や関係者の証言を辿ると、そこには極めてシビアで乾いた商業アニメ黎明期の過酷な現実が横たわっています。
制作を手掛けたナックは当時、限られた元請け資金の中で、テレビ局側からの過密な納品スケジュールを消化しなければならない下請けプロダクションでした。1話あたり本編約3分というミニ番組形態は、本来であれば帯番組(月曜から金曜の連日放映)の隙間を埋めるための低価格コンテンツです。潤沢な予算もなければ、脚本の細部を推敲する猶予も、作画のミスを描き直すリテイクの時間も一切存在しませんでした。
脚本家陣に与えられた命題は、「とにかく時間内に話を終わらせること」と「主人公が変身して悪を倒すという最低限のフォーマットを満たすこと」のみ。その結果、物語の因果応報やキャラクターへの倫理的配慮といった情緒的な部分はすべて切り捨てられ、最短距離で敵を殲滅するプロットだけが残存しました。結果として生まれた「ボルガ博士の即時破棄」や「疑わしき友人への即時銃撃」は、狂気や悪意の産物ではなく、極限の制作環境と納期遵守のプレッシャーが引き起こした「極度の合理化の暴走」だったのです。