ネット上の掲示板やSNSでは、時折「やなせ先生は突然倒れて急死した」「後継者がおらず現場が混乱した」といった憶測が飛び交うことがあります。しかし、これらは事実とは異なります。
第一に、やなせ氏は自身の体調悪化を冷静に見極め、数年前から計画的な継承準備を進めていました。高知県香美市にある「香美市立やなせたかし記念館(アンパンマンミュージアム)」の整備支援や、著作権を管理する有限会社やなせスタジオの法人基盤強化を自ら主導していたのです。
第二に、2011年の東日本大震災の際、引退を考えていたやなせ氏は被災地で『アンパンマンのマーチ』が希望の歌として流れていることを知り、「死んでいる暇なんかない」と引退宣言を撤回。残された命の時間をすべてファンと後世へのバトンタッチに注ぎ込みました。計画的かつ覚悟を持った終活を完了させていたからこそ、急逝後も混乱なく作品が存続しています。