ヒットチャートの最前線に君臨したシングルだけでなく、久保田利伸の真の凄みはディープな音楽的探求が施されたミディアム&スロウバラードに宿っています。
まず挙げるべきは、1989年の『Indigo Waltz』です。ポピュラー音楽シーンにおいて敬遠されがちな3拍子(ワルツ)を土台に据えながら、ニューヨークのジャズクラブを思わせるブルーノートスケールと、ため息のようなウィスパーボイスを導入。当時の歌謡曲的な枠組みを大きく逸脱し、日本国内のアーティストたちに強烈な衝撃を与えました。
続いて、1991年発表の『雨音』は、失恋の情景を「雨」という普遍的なモチーフで描きながらも、当時の最新鋭グラウンド・ビートの質感をブレンドした都会的な仕上がりです。楽曲後半に向けて重なるエモーショナルなスキャットとフェイクは、悲しみを押し殺しながらも溢れ出る激情を完璧にトレースしています。
そして1997年の『Cymbals』。この楽曲は、劇的な転調や派手なブラスセクションをあえて排し、削ぎ落とされた空間美の中で歌の輪郭を浮き彫りにしています。「誰もが誰かのシンバルを鳴らしながら生きている」という、人間関係の機微と慈愛を綴った詞世界は、聴く者の孤独に静かに寄り添う名曲バラードとして、ファン投票でも常に上位へ名を連ねています。