「SNSでトレンド1位になっている話題のドラマが放送されていない」「推しのアイドルが出演する全国特番がリアルタイムで見られない」——こうした県民の嘆きは長年囁かれてきました。なぜ宮崎県では、昭和から令和の2026年に至るまで新たな民放局が開局せず、2局体制のまま据え置かれてきたのでしょうか。その裏には、地理的要因とマクロ経済が絡み合うシビアな現実が存在します。
宮崎 テレビ局 少ない 理由を探ると、1980年代後半から1990年代にかけて郵政省(現・総務省)が推進した「民放テレビ全国4局化政策」の歴史に行き当たります。当時、全国各地で第3局・第4局の開局ラッシュが起きましたが、宮崎県においては新規開局に伴う事業採算性が極めて厳しいと判断されました。南北に約400キロメートルにも及ぶ海岸線と九州山地を抱える地形上、県内全域へ電波を行き届かせるには数多くの中継局を設置・維持せねばならず、初期投資と設備維持費が他県と比べて跳ね上がるためです。
さらに宮崎 民放2局 なぜという問いの本質は、県内の民間スポンサーによる広告費のパイにあります。地元企業の広告予算が限られるなか、仮に第3局・第4局が参入すれば既存2局を含めた共倒れになりかねないという強い懸念がありました。結果として既存のUMKが3系列の電波を併せ持つクロスネット局として存続し、視聴者の需要を2局で分散して受け皿となる道が選ばれたのです。