牛肉のポテンシャルを極限まで引き出すためには、火にかける前の下処理が成否の8割を握ります。特に輸入牛特有の匂いや冷凍解凍肉の嫌な風味は、パックの底に溜まる「ドリップ」に含まれる酸化した鉄分や揮発性脂肪酸が元凶です。パックから取り出した肉をそのまま焼く行為は、雑味を肉全体にコーティングしているのと同義といえます。
現場の料理人が実践する牛肉の下処理と臭み消しの手順は明快です。まず、清潔なキッチンペーパーで表面のドリップを繊維の奥から吸い取るように徹底して拭き取ります。臭みが強い場合は、少量の日本酒または牛乳を表面に軽く塗り、5分ほど置いてから再度完全に拭き取ることで、乳脂肪やアルコールが臭気成分を吸着して揮発させます。
続いて不可欠な工程が、牛肉の筋切りと焼き加減のタイミングを見極める準備です。赤身と脂身の境目には強靭な結合組織(筋膜)が走っており、加熱によってこれが激しく収縮することで肉が反り返り、フライパンと肉の間に隙間ができて焼きムラが生じます。包丁の刃先を使い、筋膜に対して垂直に1.5〜2cm間隔で細かく切り込みを入れるだけで、加熱時の反り返りを防ぎ、均一な熱伝導を実現できます。
塩を振るタイミングについても厳格なルールが存在します。塩を振ってから10分以上放置すると、浸透圧の作用で内部の貴重な旨味エキスが体外へと流出してしまいます。家庭用フライパンで焼く直前(3分以内)に肉重量の約0.8〜1.0%の塩を均一に振るのが、タンパク質の流出を防ぎつつ輪郭のある塩味を立たせる鉄則です。