ネット上や週刊誌での若山富三郎像は「豪放磊落」「恐い」「借金王」といった断片的なフレーズで構成されがちだ。しかし、当時のインタビュー番組や共演者の手記を紐解くと、その人物像は驚くほど繊細で、時にナイーブですらある。撮影の合間に子役の面倒を誰よりも見ていたという複数の証言。先輩俳優への礼儀を欠かした若手を容赦なく叱責する一方で、自身の師・若山筑水の教えは最期まで守り続けた。エピソードとして有名なのが、地方ロケでの差し入れだ。スタッフ全員分の食事を自腹で用意することが常であり、それが「借金」の一因となったとも言われる。要するに、彼は「弱さを見せられない」人だった。義理と見栄で人を惹きつけ、同時に自分自身を追い詰めていった。その性格は、まさに「昭和という時代の感性」を体現していたのである。
若山富三郎 勝新太郎の兄が背負った「昭和の業」と家族の真実 波乱の生涯を徹底検証
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