石川遼選手が一躍脚光を浴びたのは、2007年5月20日に開催された国内男子ツアー「マンシングウェアオープンKSBカップ」でした。当時、杉並学院高校に入学したばかりの15歳8ヶ月だった石川選手は、悪天候による変則日程のなか、ツアー初出場にして劇的な逆転優勝を飾ります。これは日本ゴルフツアー機構(JGTO)公認トーナメントにおける15歳245日という世界最年少優勝記録であり、ギネス世界記録にも認定される歴史的快挙となりました。
優勝インタビューの際、詰めかけた大勢の報道陣やファンを前に、頬を赤らめながら初々しく照れ笑いを浮かべた姿がテレビで全国に中継されました。この表情を見たメディア関係者が「ハニカミ王子」と命名。前年(2006年)の夏の甲子園で早稲田実業の斎藤佑樹投手が「ハンカチ王子」と呼ばれ熱狂を巻き起こしていた文脈も手伝い、メディアはこの新たなスターの登場を一斉にトップニュースで報じました。
その反響は凄まじく、2007年の「ユーキャン新語・流行語大賞」では「ハニカミ王子」がトップテンおよび年間大賞を受賞。ゴルフ場には普段足を運ばない女性ファンや家族連れが殺到し、男子ゴルフ界は未曾有の観客動員とテレビ視聴率を記録することになりました。単なるスポーツのニュースにとどまらず、閉塞感の漂っていた当時の日本社会に爽やかな風を吹き込む一大ムーブメントとなったのです。