大学卒業が近づく2011年、出版業界やファンの間では「すでにベストセラー作家となった朝井リョウは、専業作家の道を歩むのか」という点に大きな注目が集まりました。しかし、朝井氏が下した決断は「一般企業への就職」でした。
就職先を巡っては、ネット上で「電通に入社したのではないか」という噂が長年飛び交いましたが、これは明確な誤解です。業界関係者の証言および本人のメディア露出によって確定している実際の就職先は、大手広告代理店の「博報堂」です。
驚くべきは、朝井氏が就職活動を行う際、「自身が小説すばる新人賞を受賞したプロ作家であること」を企業側に隠してエントリーシートを提出していたという事実です。肩書や実績による下駄を履かされることを嫌い、一人の大学生として正面から就職試験に挑みました。倍率数百倍とも言われる超難関の博報堂から自力で内定を勝ち取った事実は、彼の卓越したコミュニケーション能力と自己客観視の賜物といえます。
博報堂に入社後、朝井氏は配属先で過密な通常業務をこなしながら、深夜や早朝の時間を削って執筆を継続。そして入社1年目の2013年1月、就職活動の現場とSNS時代の自意識の地獄を描き切った『何者』で、戦後最年少記録(当時23歳)となる第148回直木賞を受賞しました。社会人生活で肌身に感じた組織のリアルと就活生の心理が、直木賞という最高の栄誉を手繰り寄せたのです。朝井氏はその後、2015年3月に同社を退職し、専業作家へとシフトしています。