極限の高峰を目指す日本人女性登山家の歴史は、社会的な固定観念やジェンダーの壁との熾烈な闘いから始まりました。その象徴が、1975年5月16日にエベレスト日本人女性初登頂(兼・世界女性初登頂)を成し遂げた田部井淳子氏です。
当時の日本は高度経済成長期の只中にあり、「女性は家庭を守るもの」という価値観が根強く残っていました。ヒマラヤ山脈遠征の経緯を振り返ると、遠征資金集めでは「子育てを放り出して山に行くのか」「女性だけで行けるはずがない」といった心無い批判に直面したことが、当時の特番インタビューや自著・手記で克明に語られています。スポンサー集めは難航を極め、隊員自ら手作りの羽毛服を縫い、綿を詰めて装備を整える過酷な準備期間を経ての出発でした。
現地入り後も、キャンプ2で大規模な雪崩に直撃され、田部井氏自身が雪中に埋没して意識を失う大事故に見舞われます。しかし、彼女たちは決して諦めませんでした。生還後の衰弱した身体でアタックを敢行し、世界最高峰の頂に立ったのです。田部井氏は後に「山がそこにあるから登るのではない。自分の意思でそこに立ちたいと願うから登るのだ」という言葉を遺しています。彼女たちを突き動かしたのは、単なる名誉欲や冒険譚ではなく、他者の敷いたレールを拒絶し、自己の限界を自らの力で見極めたいという強烈な自律の意志でした。