明治天皇の誕生日であった11月3日は戦前「明治節」と呼ばれ、戦後の1948年に「文化の日」として装いを新たに祝日法へ引き継がれました。また、昭和天皇の誕生日である4月29日は「天皇誕生日」から「みどりの日」を経て、2007年に「昭和の日」として定着しています。
これに対し、大正天皇の誕生日である8月31日が祝日として残らなかった背景には、戦後の法改正における明確な選定基準がありました。1948年(昭和23年)に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領下で国民の祝日に関する法律が審議された際、祝日の総数を制限する方針が採られたのです。当時、明治天皇は近代国家建設の象徴、昭和天皇は現職の元首(および激動の昭和の象徴)として国民生活に深く根付いていましたが、大正時代は在位約15年と比較的短く、祝日を厳選する過程で候補から外れたのが実態でした。
さらに見逃せないのが、カレンダー上の季節的要因です。8月31日は学校教育現場における夏休みの最終日にあたり、多くの地域でお盆休みや夏季休暇と近接しています。休日を分散させて勤労者の福祉を高める観点からも、8月末に単発の祝日を配置する積極的理由が見出されにくかったという実務的な側面も影響しています。