柳川高校を語るうえで避けて通れないのが、全国高校スポーツ史に燦然と輝く実績の数々です。なかでも柳川高校テニス部実績は、日本高校テニス界の絶対王者として君臨してきた誇りがあります。全国高校総体(インターハイ)団体優勝20回以上、全国選抜高校テニス大会でも幾度となく全国制覇を達成。福井烈氏や土橋登志久氏、本村剛一氏ら、日本代表のデビスカップ戦士やトッププロを数え切れないほど輩出してきました。
その歴史において最大の転機として語り継がれているのが、松岡修造柳川高校経歴です。名門・慶應義塾高等学校に通っていた松岡氏は、「世界で通用する本物のプロテニスプレーヤーになりたい」という不退転の決意を固め、当時テニスの虎の穴と呼ばれた福岡の柳川高校へ単身転校しました。自著や特別番組の回顧録でも語られている通り、当時の柳川テニス部は早朝からの猛烈なランニング、厳しい上下関係、コート上での極限のラリーが続く苛烈な環境でした。軟弱な甘えを徹底的に削ぎ落とし、泥臭く勝利をもぎ取る「柳川イズム」が、のちにウィンブルドンベスト8へ駆け上がる松岡氏の屈強な精神の礎となったことはスポーツ史の定説です。
また、柳川高校野球部甲子園の歴史も深く、春夏の甲子園大会に計15回以上出場してきた実績を誇ります。末次道彦元監督が率いた黄金期には、九州屈指の機動力と勝負強さを武器に幾多の名勝負を演出しました。柔道界に目を向けても、アテネ五輪金メダリストの阿武教子氏や、世界柔道選手権を制した園田隆二氏、名指導者の吉村和郎氏など、柳川高校出身有名人には各競技の頂点を極めたレジェンドがずらりと名を連ねています。