なぜ日本において、英語の直訳ではなく「ドーナツ」や「レモン」になったのか。その鍵を握るのが、戦後日本を代表するジャズ・ポピュラー歌手のペギー葉山氏です。
1960年、ロサンゼルスでの公演を終えたペギー葉山氏は、ニューヨークのブロードウェイで上演されていたミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』(主演:メアリー・マーティン)を観劇しました。客席で舞台を観た彼女は、劇場全体が幸福な一体感に包まれる光景に激しい感銘を受け、「この素晴らしい歌を絶対に日本の子供たちに届けたい」と決意。現地の楽器店へ直行し、発売されたばかりの楽譜を自ら買い求めて日本へ持ち帰りました。
しかし、直訳しようとした段階で大きな壁にぶつかります。「ドは雌鹿、レは光、ソは針に糸を通すこと……」。これをそのまま日本語にしても、当時の日本の児童には情景がまったく浮かんできません。英語特有の同音異義語の面白さは、日本語に直訳した瞬間に跡形もなく消え去ってしまうからです。
ペギー葉山氏が生前のインタビューや手記で語ったところによると、銀座の喫茶店で訳詞に頭を悩ませていた際、テーブルに置かれたドーナツを見て「ドはドーナツのドにしよう!」と閃いたといいます。そこから「レはレモン」「ミはみかん……いや、語呂が悪いから『みんな』」「ファはファイト」と、子どもの身近にある明るい言葉を次々と当てはめていきました。
こうして完成した訳詞は、1962年にNHK『みんなのうた』で放送されるや否や全国的なブームを巻き起こします。原曲の「言葉遊びによるソルフェージュ教育」という本質を理解した上で、日本の言語感覚と生活様式に即して大胆に翻案したペギー葉山氏の言語的直感こそが、半世紀以上愛される名訳を生み出したのです。