二世タレントという言葉には、常に「親のコネ」というニュアンスが付きまとう。櫻井海音もまた、その例外ではなかった。キャリアの初期段階では、本名や家族構成を伏せて活動していた時期もある。それは、自分の実力だけでどこまで通用するのかを試したいという、表現者としての純粋なプライドからだった。
名前を公表して以降も、彼は常に「桜井和寿の息子」という巨大な看板と比較され続けた。しかし、彼はそのプレッシャーから逃げることはしなかった。インタビューでも父への敬意を隠さず、同時に「自分は自分である」という強い意志を示し続けた。この精神的な自立こそが、彼を単なる二世タレントで終わらせなかった最大の要因だろう。