チャイニーズドラゴンの源流は、1980年代後半に東京都江戸川区葛西や江東区周辺で結成された暴走族グループ「怒羅権(ドラゴン)」にあります。その中核を担ったのは、日中国交正常化以降に帰国を果たした中国残留孤児の2世や3世の少年たちでした。
当時の日本社会において、彼らが置かれた環境は過酷を極めました。日本語が不自由であることによる教育現場での孤立、激しいいじめ、就職差別など、言語と文化の二重の壁によって地域社会から激しく排除された経緯があります。創設に関わった元幹部の汪楠(ワン・ナン)氏をはじめとする当事者たちの手記や取材証言によれば、結成の直接的な動機は「理不尽な暴力から自らの身と仲間を守るための自衛集団」でした。「怒羅権」という漢字には、「日本人に対する怒り、団結を誓うドラゴン、自分たちの権利の主張」という意味が込められていたと伝えられています。
しかし、自衛のための結びつきは急速に変質していきます。地元の不良グループや既存の暴走族との抗争を重ねる中で、刃物や青龍刀などの凶器を躊躇なく用いる苛烈な暴力性が際立ち、勢力を急速に拡大。成人したメンバーが歓楽街へ進出するにつれ、単なる少年非行集団の枠を超え、みかじめ料の徴収、違法薬物の密売、賭博開帳、偽造クレジットカード詐欺など、組織的な地下ビジネスへと傾倒していきました。
警視庁は2013年、暴力団対策法の規制を受けないものの暴力団と同等以上に治安を脅かす集団として、関東連合のOBグループらとともにチャイニーズドラゴンを「準暴力団」に指定。集団的・常習的な不法行為を行う危険勢力として、重点的な監視と取り締まりの対象に位置づけました。