救急救命センターや外科病棟の臨床現場において、熟練の医師や看護師は病室に足を踏み入れた瞬間に「嫌気性菌感染症」を五感で察知します。SNSや医療従事者のコミュニティでも頻繁に語られるのが、「膿瘍を切開排膿した瞬間、マスク越しでも鼻腔を突き抜ける凄まじい腐敗臭」です。
なぜ嫌気性菌による病巣は、これほどまでに強烈な悪臭を放つのでしょうか。その理由は彼らのエネルギー獲得システムにあります。好気性菌のように酸素を用いて炭水化物を水と二酸化炭素に完全燃焼させることができない偏性嫌気性菌は、アミノ酸や有機化合物を中途半端に分解する「嫌気的発酵」を行います。
この代謝の過程で、酪酸、吉草酸、イソ吉草酸といった低級揮発性脂肪酸をはじめ、タンパク質中の硫黄から生じる硫化水素やメチルメルカプタン、さらにはトリプトファン分解物であるスカトールやインドールが大量に生成されます。これらは下水や排泄物の臭気成分そのものであり、組織の壊死産物と混ざり合うことで、言葉を失うほどの「便臭様・腐敗性悪臭」を作り出すのです。
また、臨床取材現場から浮かび上がる鉄則として「空気に触れさせない検体採取」があります。偏性嫌気性菌が疑われる皮下膿瘍や関節液をシリンジで吸引した際、わずかでもシリンジ内に気泡を残したまま搬送したり、一般的な好気性綿棒でぬぐって培養検査へ回したりすると、検査室に届く前に菌が酸素で全滅し、「培養陰性」という偽の結果を招きます。専用の嫌気ポーター容器を用い、空気を完全に遮断して提出することこそが、現場に求められる生きた感染症マネジメントです。