1974年8月30日午後12時45分すぎ、多くのオフィスワーカーが行き交う昼下がりの大手町・丸の内エリア。静寂を破った爆音は、日本の中枢を根底から揺さぶる破壊力を持っていた。爆破現場となったビルの玄関付近では爆発の衝撃波により窓ガラスが粉々に砕け散り、鋭利な刃物と化したガラス片の雨が通行人に襲いかかった。
死者8名、負傷者376名という惨事。単なる政治的抗議の域をはるかに超え、一般市民の命を標的にしたこの爆破テロは、平和に慣れ親しんでいた日本社会に激震をもたらした。現場に漂う硝煙の臭いと悲鳴は、戦後日本が抱え込んだ深い闇を白日のもとに晒すこととなったのである。