仮面ライダーの歴史を語るうえで、避けて通れない最大の原点が1971年(昭和46年)春に起きた初代・本郷猛役の藤岡弘、によるバイク激突転倒事故です。第9話・第10話の未舗装路におけるバイク追跡シーンの撮影中、コーナリングでコントロールを失った車体ごと電柱付近の障害物へ激突。藤岡は左大腿骨を複雑骨折し、全身を強打する重篤な事態に陥りました。
当時の医療水準において、粉砕した大腿骨の治療は困難を極め、医師からは「切断も視野に入れる必要がある」「仮に足を残せても二度と歩けない可能性が高い」と告げられたといいます。自著や後年のドキュメンタリーインタビューで本人が述懐している通り、20代半ばの若き主演俳優が突きつけられた現実は、役者生命どころか日常の歩行能力すら奪われかねない絶望的な宣告でした。
番組開始直後に主役が長期離脱するという、テレビ制作史上類を見ない非常事態。ここで制作陣が下した決断が、特撮史を劇的に変えることになります。企画段階では番組の即時打ち切りすら議論されましたが、原作者・石ノ森章太郎やプロデューサーの平山亨らは「本郷猛は海外のショッカーを追って日本を離れた」という設定変更を考案。急遽、代役として劇団NLT出身の佐々木剛を招聘し、仮面ライダー2号=一文字隼人を誕生させたのです。
佐々木剛は当時、「藤岡が復帰するまでの留守を預かる」という固い友情と覚悟をもってこの難局を引き受けました。さらに、佐々木が自動二輪免許を所持していなかったことから、走行時の風圧でベルトの風車を回す旧来の変身プロセスを変更。両腕を大きく交差させる「変身ポーズ」が新たに考案されました。この演出が当時の子どもたちの心を爆発的に捉え、社会現象と呼べる大ブームを巻き起こした事実は、痛烈なアクシデントを奇跡のクリエイティビティで跳ね返した象徴的なエピソードです。