本場の伝統とは対照的に、日本のミートソースは独自の進化を遂げてきた。ルーツは明治から大正にかけて西洋から伝わった挽肉煮込みだが、決定打となったのは戦後の洋食文化の広がりだ。進駐軍の兵士が好んだスパゲッティ・ウィズ・ミートボールやアメリカ流のボロネーゼが日本人の舌に合わせて改良され、喫茶店やデパートの大食堂の看板メニューとなっていった。
この大衆化を後押ししたのが、調味加工品を手掛けるカゴメ株式会社などの存在だ。1950年代後半から1960年代にかけて缶詰のミートソースが発売されると、それまで洋食店でしか味わえなかったハイカラな味がまたたく間に全国の家庭へ浸透。学校給食のソフト麺にかけるソースとしても採用され、昭和から平成の子供たちの記憶に深く刻み込まれた。
ケチャップ特有の親しみやすい甘酸っぱさと、合挽き肉のふくよかな脂の旨味。日本のミートソースは、本格イタリアンの文脈から離れ、「洋食」という独自のジャンルで不動の地位を築いたのである。