自由軒難波本店の代名詞である「名物カレー」は、一般的なライスカレーのように「白飯の横にルーが盛られた」状態ではありません。熱々のフライパンでご飯とカレー出汁を完全に混ぜ合わせた状態で皿に盛られ、中央のくぼみに生卵がトッピングされています。この独特のスタイルが生まれた背景には、創業当時の時代背景と創業者・吉田四一氏の細やかな知恵がありました。
明治末期、まだ保温ジャーや炊飯器といった厨房設備がなかった時代、冷やご飯をいかに客へ温かく、風味豊かに提供するかが大きな課題でした。そこで考案されたのが、熱々のカレータレと一緒にご飯を炒め混ぜる手法です。さらに、当時は高級品とされていた鶏卵を中央に落とすことで、辛味をマイルドに包み込みながら栄養価を高めるという、庶民への贅沢な配慮が施されました。
また、この名物カレーを一躍全国区に押し上げたのが、大阪を代表する無頼派作家・織田作之助の存在です。彼の代表作である短編小説『夫婦善哉』の中には、主人公の柳吉が「自由軒のラヽカレー(ライスカレー)はご飯にあんじょう(上手に)混ぜてあるからうまい」と語る名シーンが描かれています。文豪が愛した当時の熱気と風情は、令和の現在も難波本店のレトロな空間にそのまま息づいています。