では、最も議論を呼んでいる「栄養の破壊」は科学的に真実なのか。結論から言えば、適量の食酢を混ぜた程度でナットウキナーゼが完全に失活することはない。日本ナットウキナーゼ協会などの実験データによると、ナットウキナーゼの至適pHはpH 7前後の中性域に位置するものの、pH 6〜9の範囲では極めて安定しており、弱酸性環境下に置かれても短時間で完全に壊れるわけではない。納豆1パック(約45g〜50g)に対して食酢小さじ1杯程度を加えた際のpH変化は緩やかであり、調理直後に食べる分には酵素活性の著しい低下は認められない。
そもそも、ナットウキナーゼが体内に入った後、胃液(pH 1.0〜2.0という強酸)を通過するプロセスと比べれば、調味段階での食酢の影響は極めて微小だ。さらに注目すべきは、納豆の本体である「納豆菌」の驚異的な生命力である。納豆菌は「芽胞(がほう)」と呼ばれる堅牢な外殻を形成する性質を持ち、納豆菌酸に強い菌種として知られている。人工胃液を用いた耐性試験でも、pH 1.2の強酸下に数時間さらされても死滅せず、生きたまま腸管へと到達することが複数の研究で実証されている。
つまり、酢と合わせることで納豆菌が死に絶えるという説は、科学的には完全な誤解である。むしろ問題とすべきは「酸」ではなく「温度」だ。熱々のご飯の上にそのまま酢納豆を乗せる行為こそ、50℃以上で活性が急落するナットウキナーゼにとって致命的なダメージとなる。