原敬の出身地と波乱の生い立ち|平民宰相が歩んだ激動の生涯を追う

原敬の出身地と波乱の生い立ち|平民宰相が歩んだ激動の生涯を追う

原敬の出身地と波乱の生い立ち|平民宰相が歩んだ激動の生涯を追うの概要と注目ポイントを一挙に解説しました。

1918年(大正7年)、米騒動で寺内正毅内閣が退陣すると、原敬は第19代内閣総理大臣に就任します。当時、首相を務めた人物のほとんどが華族(旧大名や公家、薩長の元勲)であった中、原は日本史上初めて「華族の身分を持たない衆議院議員」として政権の座に就きました。これが熱狂をもって「平民宰相」と称賛された理由です。

なぜ原敬は平民であり続けたのでしょうか。背景には2つの大きな理由が存在します。

第1に、1872年の戸籍編製時、原敬は家長であった祖父から分家し、あえて「平民」として独立した戸籍を作った経緯があります。士族の身分に固執せず、自らの実力で新時代を切り拓く覚悟の表れでした。

第2に、後年、日露戦争などの功績で政府から爵位(男爵など)授与の打診があった際にも、原は頑としてこれをすべて辞退しました。「自分は衆議院を基盤とする政党人であり、衆議院議員としての誇りを持つべきだ」という確固たる政治哲学があったためです。貴族院ではなく民選の衆議院を中心に政治を動かすという、本格的政党政治への強いこだわりが「平民」の肩書を守り抜かせました。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。