村上信五のキャリアを語る上で欠かせないのが、同期である横山裕、そして盟友・渋谷すばると形成したトリオ、通称「三馬鹿(さんばか)」としての歴史です。1990年代後半、滝沢秀明や今井翼、嵐のメンバーらが牽引していた「ジャニーズJr.黄金期」において、関西を拠点とする彼らは常に過酷な環境に置かれていました。
テレビ朝日系『8時だJ』の収録のため、毎週のように夜行バスや新幹線で大阪と東京を往復する日々。東京のJr.たちが洗練された衣装で華やかに歌い踊る中、関西組には十分な出番やスポットライトが与えられない時期が続きました。当時のインタビューや手記で、村上は「自分たちにしかできない武器を持たなければ生き残れない」という強烈な危機感を抱いていたと明かしています。
圧倒的な歌唱力とカリスマ性でセンターに君臨した渋谷すばる、類まれな企画力とトークの間を持つ横山裕に対し、村上信五は全体を統率する進行役と鋭いツッコミという自らの立ち位置を見出していきました。美少年の殻を脱ぎ捨て、泥臭い笑いやリアクションにも果敢に挑んだこの下積み時代こそが、後の無敵のMCスキルの強固な土台となったのです。