宮崎駿監督の著述録『出発点 1979〜1996』や、当時の制作現場に密着したドキュメンタリー資料を紐解くと、監督が一貫して口にするのは「正しいデッサンを描くな、生きている人間を描け」という強烈な戒めです。
美術解剖学における頭蓋骨の比率を幾何学的に忠実になぞっただけの横顔は、絵画としては正しくても、フィルムの上で走ったり叫んだりした瞬間に「死んだ人形」と化してしまいます。宮崎監督がスタッフに向けて放った有名な指導に、「子供の横顔を描くときは、鼻の頭よりも口元が前に出ていていい。お母さんの乳房を探すような、生き物としての本能が残っているからだ」という趣旨の言葉があります。
この言葉が象徴するように、ジブリキャラクターの横顔は、単なるビジュアルの美醜ではなく「そのキャラクターの感情、年齢、生い立ち、呼吸」を具現化するために歪められています。例えば、『天空の城ラピュタ』のパズーが見せる決意に満ちた横顔では、下顎がグッと前に突き出され、噛み締めた歯の圧力が首筋の筋肉にまで波及している様子が描かれます。一方、シータの横顔では、額から鼻梁にかけてのラインに滑らかな連続性を持たせ、意志の強さと可憐さを同居させています。
アニメーションとはラテン語の「アニマ(魂)」に由来する言葉です。宮崎駿というクリエイターにとって、横顔のラインとは幾何学的な正解をトレースする作業ではなく、キャラクターに肺を持たせ、空気を吸い込ませるための有機的な回路を切り拓く作業にほかなりません。