戦前の神戸は、日本で最も早く西洋文化が浸透した港町の一つだ。本名が示す通り、彼女のルーツには東西の美徳が融合した華麗なストーリーが息づいている。聖心女子学院で学んだ後、ロサンゼルス市立大学へ留学するという経歴は、当時の日本女性としては異例中の異例であった。
家族からの全面的な理解と手厚い教育的バックアップがなければ、このようなキャリアの形成は不可能だったに違いない。厳格でありながら自由な思考を尊ぶ家庭方針は、若い彼女に「自分の目で世界を見る」という強固な意志を植え付けた。私生活を過剰に切り売りすることを嫌った彼女だが、その佇まいからにじみ出る気品は、こうした一族の美意識と教養の深さを如実に物語っていた。