冨永格氏のジャーナリスト人生は、典型的な新聞社エリートの王道でした。学歴としては国内最難関である東京大学法学部を卒業後、1980年に朝日新聞社へ入社。地方支局での警察・行政取材を経て東京本社政治部に配属され、国政の最前線で取材経験を積みました。
その後、欧州へと拠点を移し、パリ特派員やブリュッセル支局長を歴任。EU統合や国際政治に関する深い知見を有する国際派ジャーナリストとしての地位を固めました。帰国後は政治部次長、論説委員を歴任し、新聞の「顔」ともいえる大型コラム『日曜に想う』の執筆陣に名を連ねるなど、社内外から高い評価を獲得。最終的には論説委員室の最高ポストの一つである「特別編集委員」の肩書を与えられていました。
知性派の論客として知られ、歯に衣着せぬ政権批判でリベラル層読者から厚い支持を得ていた冨永格氏ですが、その切れ味鋭い筆鋒と自信が、皮肉にもデジタル空間での致命的な落とし穴を生み出すことになります。