本作の真の驚異は、単なる児童冒険譚に留まらず、全7巻(映画全8作)に及ぶ壮大なサーガの核心がすべて第1作の段階で巧妙に布石として打たれていた点にあります。原作者J.K.ローリングは映画製作時、ダンブルドア役のリチャード・ハリスや監督のクリス・コロンバスにさえ秘密にしていた物語の結末を、セブルス・スネイプ役のアラン・リックマンにだけ事前に打ち明けていました。
スネイプの真相を知った上で本作を見直すと、初授業のシーンに戦慄の暗号が隠されていることに気づかされます。スネイプがハリーに浴びせた最初の質問「ツルボ(アスフォデル)の粉末にニガヨモギ(ワームウッド)を煎じた汁を加えると何になる?」という難問。ヴィクトリア朝の花言葉において、アスフォデルは「ユリ(Lily=リリー)の仲間であり、死別や悔恨」を意味し、ニガヨモギは「不在・深い悲しみ」を象徴します。つまりこの台詞は、表面的な嫌がらせを装いながら、裏では「リリー(ハリーの母)の死を、私は今も激しく悔やみ続けている」という、ハリーに対する痛切な哀悼のメッセージだったのです。
また、クィレルがなぜヴォルデモートの寄生を許したのかという背景にも、緻密な心理的裏設定が存在します。原作設定資料によると、生前のクィレルは極めて知的でありながら臆病で、周囲から侮りを受け続けてきた人物でした。彼は自らの有能さを世界に証明し、笑いものにしてきた者たちを見返すため、アルバニアの森林へヴォルデモートの痕跡を探す旅に出た結果、逆に精神を完全に掌握され、肉体を共有する「一時的な分霊箱」のような器へと成り果ててしまったのです。劇中、クィレルが一度もハリーと素手で握手しようとしなかった(漏れ鍋のシーンでも挨拶を拒否する)のは、自身に宿る闇の主が触れることのできない「リリーの保護魔術」を無意識に本能で恐れていたためでした。
さらに、物語の象徴である「みぞの鏡」の頂部に刻まれた謎の文字列「Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on wohsi」は、鏡文字として逆から読むことで「I show not your face but your heart's desire(私はお前の顔ではなく、お前の心の望みを映す)」という英語の警句になります。自らの欲望のためではなく「石を守りたい」と純粋に願ったハリーだけが石を取り出せたというダンブルドアの仕掛けは、本作のテーマである「選択の純粋さ」を見事に体現していました。
そして、物語の鍵を握る「賢者の石」の創造者ニコラス・フラメル。彼は完全な架空の人物ではなく、14世紀のフランス・パリに実在した写字生・錬金術師をモデルにしています。歴史上のフラメルは錬金術の秘書を解読して富を築いたとされ、現在もパリに彼が暮らした最古の邸宅が実在します。ローリングはこの歴史的伝説を巧みにイギリス魔法界の歴史へと編み込み、現実世界と地続きのリアリティを作品にもたらしたのです。