シャトル外交とは?起源から日韓関係の激動と首脳会談との違いを徹底解剖

シャトル外交とは?起源から日韓関係の激動と首脳会談との違いを徹底解剖

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日本と韓国の間でシャトル外交の理念が初めて合意されたのは、2004年7月、小泉純一郎首相と盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領による首脳会談でした。「首脳が年に1回以上、形式にとらわれず相互訪問する」という画期的な試みでした。

しかし、この枠組みは東アジア特有の「歴史認識問題」と「領土問題」の荒波に揉まれ続けます。小泉首相の靖国神社参拝を巡る反発、そして2011年12月の京都首脳会談で慰安婦問題が激突したのを最後に、シャトル外交は事実上ストップしました。その後、2012年の李明博(イ・ミョンバク)大統領による島根県・竹島上陸、文在寅(ムン・ジェイン)政権下での旧朝鮮半島出身労働者(徴用工)訴訟問題を巡る判決や日本の輸出管理見直し措置が重なり、日韓関係は「国交正常化以来最悪」と称される冷却期に突入しました。

この冷え切った関係を溶かしたのが、2023年3月の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の来日と、同年5月の岸田文雄首相によるソウル訪問でした。実におよそ12年ぶりとなるシャトル外交の電撃的な復活です。関係改善が急速に進んだ背景には、単なる友好ムードではなく、冷厳な安全保障と経済の地政学的力学がありました。

第一の理由は、北朝鮮の核・ミサイル開発の高度化と東アジアの安全保障環境の激変です。日米韓のリアルタイムでのミサイル警戒データ共有など、3カ国の防衛連携が死活問題となる中、日韓の足並みの乱れは致命的な脆弱性となっていました。

第二の理由は、米中対立に伴う半導体・重要鉱物のサプライチェーン再編です。韓国経済にとって日本の高純度フッ化水素などの先端素材は不可欠であり、日本にとっても世界屈指の半導体メモリー製造拠点を持つ韓国とのデカップリングは国益を損なうものでした。

さらに現在では、首都である東京やソウルだけにとどまらず、地方都市を活用した首脳会談が重ねられています。一例として、2026年1月には日韓シャトル外交の一環として韓国の首脳が奈良県を訪問し、日本の総理大臣と親密な実務協議を行うなど、大都市の喧騒から離れた地方訪問を通じて「脱儀礼化」と「強固な個人的パイプの構築」を誇示する外交スタイルが継続して実践されています。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。