「ブッダ=釈迦」であるならば、なぜ日本の寺院には阿弥陀如来や薬師如来、大日如来など、多種多様な仏が存在するのでしょうか。ここには古代インドの原始仏教から大乗仏教への劇的な思想進化が関わっています。
釈迦の入滅後、直弟子の系統である初期仏教(部派仏教)では、「この世界にブッダは釈迦ただ一人」とする厳格な歴史主義がとられていました。しかし、紀元前1世紀頃から勃興した大乗仏教の思想家たちは、真理そのものは普遍的であり、過去にも未来にも、そして無数の別世界(十方世界)にも覚者が存在するはずだという論理を展開しました。これがブッダ複数存在説の真相です。
この思想展開によって、大乗仏教圏では「ブッダ」という称号を持つ超越的な存在が次々と信仰体系に組み込まれました。その代表格が浄土教の主尊である阿弥陀仏です。現世のインドに生まれ、80歳で亡くなるまでリアルな言葉で教えを説いた歴史上の人物が釈迦牟尼仏であるのに対し、阿弥陀仏は西方十万億土の極楽浄土にあり、信じる者を無限の光と慈悲で迎え入れる宇宙的救済者です。私たちが寺院を訪れた際、宗派によって本尊がまったく異なるのは、この歴史的教主(釈迦)に帰依するか、経典群が説く超越的救済仏(阿弥陀仏や大日如来など)に重きを置くかという選択の違いに起因します。