日本で「売れない画家」の烙印を押された大観たちが選んだ道は、海外への脱出だった。1904年、師である岡倉天心とともにアメリカへ渡る。英語も満足に通じない、東洋人がアジア人差別をあからさまに受けていた時代だ。
ニューヨークやボストンで開催した展覧会は、一か八かの大ギャンブルだった。しかし、大観の描く幻想的な日本の光景は、現地のコレクターたちを熱狂させる。「西洋の印象派とも違う、見たこともない圧倒的な情景」として高値で次々と買い取られた。日本でボロカスに叩かれた表現が、海を渡った途端に「時代の最先端」として評価されたのだ。評価とは何か、芸術とは誰が決めるものなのか。逆境を跳ね返したこのアメリカ巡回展の成功が、大観の絵描きとしての覚悟を不動のものにした。