ヨイトマケの唄の放送禁止理由は?差別用語の真相と紅白復活の軌跡

ヨイトマケの唄の放送禁止理由は?差別用語の真相と紅白復活の軌跡

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なぜ美輪明宏氏は、これほどまでに生々しく労働の過酷さと尊さを描いたのでしょうか。その根底には、美輪氏の実体験と、深い友情で結ばれていた幼馴染の存在がありました。自著や過去のドキュメンタリー番組の回顧録によると、楽曲誕生の直接のきっかけとなったのは、興行で訪れた炭鉱町(福岡県大牟田市など)で目にした光景でした。貧しい労働者たちが安価な入場料を工面して劇場に足を運び、美輪氏の歌に涙を流す姿に直面した美輪氏は、「着飾った上流階級のためだけでなく、泥にまみれて生きる人々のための歌を作らなければならない」と強く決意したと語っています。

さらに、歌詞のモデルとなった人物の一人が、美輪氏の小学校時代の同級生である泉原豊彦氏です。泉原氏の母親は工事現場で地固めの日雇い労働者として働き、貧困の中で懸命に息子を育て上げました。周りの子どもたちから「お前の母ちゃん、土方」とからかわれ、いじめられながらも、母の背中を見て歯を食いしばり、やがて猛勉強の末に一流のエンジニア(技術者)へと育っていった泉原氏の半生が、歌詞の骨格として色濃く反映されています。

「ヨイトマケ」とは、滑車を使って重い槌(つち)を大勢で引き上げて地面に落とす際にかける掛け声「ヨイっと巻け」に由来します。母が子の未来のために汗を流し、子がその無償の愛に応えて立派に自立していく過程を描いたこの歌は、蔑視や差別を助長するどころか、底辺と呼ばれる労働に誇りと尊厳を取り戻すための強烈な祈りだったのです。

森 瞳
著者

森 瞳

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