父・泰吉郎氏の死後、森ビルの社長には次男の森稔氏が就任し、森ビル開発(現・森トラスト)の社長には三男の森章氏が就任しました。当初は共同歩調を取るかに見えましたが、1999年にグループは事実上分裂し、森トラストが森ビルグループから完全に独立することになります。
表面的な報道では「兄弟の不仲」「骨肉の争い」と単純化されがちですが、実態は都市開発に対する根本的な思想の違いとリスク許容度のギャップにありました。
兄の森稔氏は「都市を創る」「立体緑園都市(ヴァーティカル・ガーデンシティ)」という強い理想を掲げ、何十年もの歳月と数千億円の資金を投じる大規模再開発に情熱を燃やしました。アークヒルズ(1986年開業)や六本木ヒルズ(2003年開業)、中国の上海環球金融中心など、長期回収型のメガプロジェクトに巨額の有利子負債を恐れず投資する経営スタイルです。
一方、安田信託銀行(現・みずほ信託銀行)出身で極めて緻密な財務感覚を持つ弟の森章氏は、「借入金依存の開発はバブル崩壊後のリスクが高すぎる」と警鐘を鳴らし続けました。章氏は手元流動性と自己資本比率を重視し、好況期に利益を確定させ、不況期に優良物件を安値で買い叩くディフェンシブかつ高収益な投資手法を支持しました。
「兄のメガ再開発路線に付き合えば共倒れになる」という章氏の危機感と、「リスクを取らなければ真の都市価値は生まれない」という稔氏の信念。互いに自らの正義を譲れなかった結果、1999年に資本の分離合意が成立し、兄弟はそれぞれの道を歩むこととなりました。