ノルウェーのノーベル賞委員会が1974年10月、佐藤栄作へのノーベル平和賞授与を発表した際、公式に挙げた佐藤栄作のノーベル平和賞の受賞理由は主に以下の3点に集約されます。
- 非核三原則の提唱:1967年に国会で表明した「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という基本方針により、唯一の戦争被爆国として核武装の選択肢を明確に否定したこと。
- 核不拡散条約(NPT)への署名:1970年2月、アジアの主要先進国として核拡散防止条約に署名し、国際的な核軍縮体制の確立に寄与したこと。
- 対話による沖縄返還の実現:第二次世界大戦でアメリカの統治下に入っていた沖縄を、武力衝突を一切伴わずに平和的交渉のみで1972年に日本本土へ復帰(佐藤栄作の沖縄返還)させたこと。
当時の国際社会は、米ソ冷戦の激化やベトナム戦争の泥沼化という深刻な地政学的危機に直面していました。その渦中にあって、敗戦国から経済大国へと急成長を遂げた日本が、核兵器を保有する潜在能力を持ちながら自らそれを封印した決断は、北欧の平和運動指導者たちに極めて強い感銘を与えました。
また、この年のノーベル平和賞はアイルランドの元外相で国際人権連盟の重鎮であったショーン・マクブライドとの共同受賞でした。反体制・人権活動の象徴であったマクブライドと、西側同盟国の国家指導者であった佐藤栄作を並べた背景には、東西陣営および「政府首脳と民間活動家」のバランスを保ちたいノーベル委員会の政治的配慮が強く働いていたと分析されています。