「高級食材だから失敗できない」というプレッシャーから、頑丈な出刃包丁で力任せにこじ開けようとするのは最も避けるべき行為です。怪我の危険があるばかりか、包丁の刃先が柔らかい肝(ウロ)を突き刺し、身全体に苦味と濁りが広がってしまいます。そこで重宝するのがアワビ下処理スプーンの手法です。
用意するのは、柄が頑丈で平らな金属製ディナースプーンです。アワビの殻を観察すると、穴(呼気孔)が並んでいる盛り上がった側と、なだらかで薄いフチ側があることが分かります。肝は殻の尖った奥まった部分(巻き貝の名残である殻頂付近)に位置しているため、スプーンは必ず「殻の平らで薄い側」から滑り込ませます。
身と殻の隙間にスプーンの背を殻の内側に密着させながら差し込み、殻の中央付近にある強固な貝柱の吸着面を探り当てます。手応えを感じたら、スプーンの先端で殻の表面を削ぎ落とすようにスライドさせ、貝柱を殻から切り離します。このとき、スプーンのカーブを殻の内壁に沿わせることで、アワビの可食部を削り取ることなく、つるりと美しい状態で外せます。
殻から身が外れたら、次は「汚れとぬめり」の完全除去です。海水魚介特有の雑味を断つため、以下のステップで徹底した下処理を行います。
【板前直伝・ぬめりと汚れを落とす下処理3ステップ】
ステップ1(亀の子タワシで水洗い):流水の下で、身の側面にある黒ずんだヒダ(外套膜)のシワの間に入り込んだ砂や海藻の汚れを、清潔なタワシで優しくこすり落とします。驚くほど黒い色素と汚れが落ち、鮮やかな地肌が現れます。
ステップ2(アワビ塩もみぬめり取り):まな板の上にアワビを置き、たっぷりの粗塩を振ります。手のひらで円を描くように全体を揉み込みます。塩の浸透圧と摩擦によって、表面の頑固なぬめりと特有の生臭さが泡状になって浮き出てきます。
ステップ3(氷水での急速洗い):浮き出たぬめりと塩分を冷たい氷水で一気に洗い流し、清潔なペーパータオルで水気を完璧に拭き取ります。塩もみによって身が適度に引き締まり、刺身にした際の心地よい歯応えが生み出されます。