皇室の避暑地として現在もっとも知名度の高い那須御用邸ですが、開設に至る背景には明治・大正期における皇室の静養地再編と、那須高原特有の気候条件が存在します。
かつて栃木県内の皇室静養先としては、明治時代に造営された「日光御用邸」や「塩原御用邸」が主たる役割を担っていました。しかし、湿気が多く敷地の拡張に限界があった日光や塩原に対し、那須岳(茶臼岳)南斜面に広がる那須高原は標高約800〜1,000メートルに位置し、夏でも冷涼で風通しが良いという卓越した自然環境を備えていました。大正15年(1926年)、当時の皇太子殿下(のちの昭和天皇)のご成婚記念事業の一環も兼ねて、約1,400ヘクタール(開設当時)に及ぶ広大な敷地に「那須御用邸」が新設されました。
生物学者としても高名であった昭和天皇は、那須の原生林をこよなく愛し、生涯を通じてこの地で植物や変形菌類のフィールドワークを行いました。昭和天皇自らが編纂に深く関わった『那須の植物誌』は、日本の植物分類学における金字塔と評価されています。代々の皇族方が手つかずの自然を慈しみ、むやみな開発を制限した結果、那須御用邸の敷地内には手つかずのブナ原生林や貴重な動植物が生息する奇跡的な生態系が温存されることになりました。