家づくりの節目として期待されがちな儀礼ですが、なぜ「やらなきゃ良かった」という失望が生まれるのでしょうか。注文住宅を建てた施主への聞き取り取材や大手掲示板、SNSの投稿を丹念に精査すると、現場で突きつけられる4つの冷徹な理由が浮かび上がってきます。
第一の理由は、地鎮祭費用が無駄と感じる理由の筆頭に挙げられる「初穂料と設営費用の二重負担」です。多くの施主は当初、神社へ納める初穂料だけで済むと考えています。しかし実際には、ハウスメーカーや工務店からテント設営代や祭壇レンタル代、雨天養生費として数万円が追加請求されるケースが珍しくありません。
自著や施主ブログで詳細な家計簿を公開している都内在住の30代男性は、当時の心境を次のように生々しく綴っています。
「住宅ローンの借入枠ギリギリでオプション工事を削っていた最中、たった30分の儀式のために現金で合計8万5,000円が消えました。神主さんが祝詞をあげている間、頭の中では『これでキッチンの天板をグレードアップできたのに』という後悔ばかりが渦巻いていました」
第二の理由は、「儀式の極端な形式化」です。昔ながらの地域コミュニティが希薄化した現在、ハウスメーカーが手配する地鎮祭はベルトコンベア式にルーティン化されています。神主と事前の面談もなく、当日現地で初めて顔を合わせ、機械的に玉串を捧げて終了する流れに「神聖さや感動を味わう余裕など全くなかった」と肩を落とす施主が目立ちます。
第三の盲点として挙げられるのが、地鎮祭お供え物の持ち帰りに伴う物理的ストレスです。祭壇に捧げられた立派な真鯛、山盛りの野菜、果物、乾物は、式典終了後にすべて施主が段ボール箱で持ち帰るのが通例となっています。冷蔵庫に入り切らない生魚の解体に追われ、遠方から駆けつけて疲労困憊の施主が当日の夜に調理作業で力尽きるというエピソードは、決して珍しい話ではありません。
第四の理由は、「施主夫婦と親世代との深刻な温度差」です。本心ではやりたくなかったものの、実家や義実家から「地鎮祭をしない家などあり得ない」と強く迫られ、妥協して開催した結果、当日の段取りや天候をめぐって親族間の関係がぎくしゃくしてしまったという相談も後を絶ちません。