昭和から平成にかけて「襟裳岬」をはじめとする数々の不朽の名曲を生み出した森進一と、昭和の歌謡界を彩った森昌子。この二人による家庭内での教育方針は、極めて厳格なものだったという。
挨拶や礼儀作法はもちろんのこと、兄弟間での年上に対する敬意、自立心を促すルールなど、妥協のない子育てが徹底されていた。子供たちが幼少期に受けたこの徹底した教育が、後にタフな芸能の世界を生き抜くメンタルの骨組みとなった。
演歌の真髄である「感情を歌声に乗せる業」は、ジャンルを変えてロックのシャウトへと形を変えた。父と母から受け継いだ声帯と表現への執着は、今も彼らの血の中に流れている。