スタジオを取材する中で浮かび上がってくるのは、金太郎を背負う者たちに共通する独特の覚悟と、施術過程のリアルな葛藤です。
ある都内の老舗工房で背中に抱き鯉を彫り終えた30代男性は、自らの体験談として次のように語っています。
「筋彫りが終わった段階で、腰骨や肩甲骨付近の激痛に心が折れそうになりました。しかし、途中でやめて未完成(筋彫り放置)にすることだけは、金太郎に泥を塗るようで己のプライドが許さなかった。最後のうろこに朱色が入った瞬間、単なる絵ではない、生涯消えない自身の核を手に入れた実感が湧きました」
ネット上の掲示板やコミュニティ、専門知恵袋などの声を集約すると、金太郎の刺青に対する世間の評判には明確な二面性が見られます。
- 「和彫りの中で最も日本古来の粋(いき)と迫力を感じる。外国のタトゥーファンからも圧倒的に評価が高い」
- 「赤と黒のコントラストが背中全体で映えるため、完成した時の神々しさは他の図柄の比ではない」
- 「激痛で知られる臀部や脇腹付近まで緻密に色が入るため、根性が試される。完成させた人を見るだけで敬意を抱かざるを得ない」
一方で、「施術が中途半端なまま断念された金太郎はみじめに見える」という指摘も散見されます。金太郎は人物の「眼」や鯉の「鱗」に魂が宿る図柄であるため、途中でリタイアした際の未完成感が極めて際立ってしまうというシビアな現実が存在します。