突然の失踪から始まった悪夢。田口八重子さんが北朝鮮に連れ去られた当時、残された幼い子どもたちを自分の手で育て上げたのは実兄の飯塚繁雄氏だった。自らの生活を繰り回しながら、妹の身に何が起きたのかを追い続ける日々。言葉では言い表せないほど過酷な二重生活がそこにはあった。
横田滋氏の後を継いで北朝鮮による拉致被害者家族連絡会の代表に就任して以降、彼は全国各地を行脚し、何百回もの街頭署名活動や集会で声を張り上げた。病に侵され身体が蝕まれても、マイクを握る手の手振るえを抑えながら訴えかけた姿は、多くの国民の記憶に深く焼き付いている。彼の動機は常にシンプルだった。「ただ、妹に会いたい」。その一心だけで、彼は限界を超えて走り続けたのだ。