大谷翔平という希代のアスリートの原点を辿ると、岩手県にある花巻東高等学校のグラウンドにたどり着く。当時、野球部を率いていた佐々木洋監督は、選手たちに技術指導以上の「思考の習慣化」を求めた。その核となったのが、目標達成シートと呼ばれる特有のノート活用法だ。
高校入学直後、大谷は「8球団からのプロ野球ドラフト1位指名」という破天荒な大目標を掲げた。16歳の若者が描いたそのスケッチは、夢物語として嗤われることもなく、綿密な行動計画へとブレイクダウンされていった。単なる憧れを具体的な数値や行動習慣に置き換えるプロセスこそが、のちに世界を震撼させる偉業の第一歩だったのだ。