平子理沙さんの20代を語る上で外せないのが、彼女が「読者モデル」出身であるという事実だ。1980年代末から1990年代初頭、日本のファッション誌はそれまでの「専属プロモデル」一辺倒から、一般読者から選ばれた「読者モデル」を起用する流れが加速していた。平子さんはその流れの中で頭角を現し、10代後半にはすでに誌面を飾る存在となっていた。
当時の雑誌アーカイブや関係者の証言によると、彼女の魅力は「完璧すぎない親近感」と「それでいて非日常的な華やかさ」の両立にあったという。特に『JJ』『CanCam』での活躍は目覚ましく、同世代の女性たちが彼女の髪型やメイク、コーディネートをこぞって真似た。20代半ばには「平子理沙に憧れて読者モデルを志す」という若い女性が急増し、編集部には毎月数百通規模のファンレターが届いていたという。
この時期の平子理沙さんは、単なる「かわいいモデル」ではなかった。彼女は誌面づくりに積極的に関わり、スタイリングやヘアメイクの提案も行っていたとされる。これは当時のモデルとしては異例で、後のタレント活動や美容関連のビジネス展開につながる自己プロデュース力の萌芽だったと言えるだろう。