ダン・ブラウンの世界的ベストセラー『ダ・ヴィンチ・コード』において物語の根幹を成していたのが、「イエスとマグダラのマリアは結婚しており、その血脈(聖杯=サングリアル)がフランス王家に受け継がれた」という設定でした。この仮説は多くの読者に衝撃を与えましたが、歴史学・宗教学の見地からはどのように評価されているのでしょうか。
作中で提示された代表的な論拠の一つが、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画『最後の晩餐』です。イエスの左隣(向かって右隣)に座る人物が、髭のない女性的な顔立ちをしており、イエスと身体で「V(子宮・女性の象徴)」の字を描いていることから、「この人物は使徒ヨハネではなくマグダラのマリアである」と主張されました。
しかし美術史の定説では、当時のフィレンツェ派絵画において「最年少の弟子ヨハネ」を髭のない美青年として描くのは標準的な図像の約束事(伝統的様式)でした。ダ・ヴィンチ自身の手稿やスケッチにも、この人物を「ヨハネ」として構想していた明確なメモが残されており、美術史的にマグダラのマリアを描いたとする証拠は認められていません。
一方で、イエスとマグダラのマリアの親密な関係を示す文書が古代に実在したことも事実です。1945年にエジプトで発見された『ナグ・ハマディ写本』に含まれるグノーシス主義外典『フィリポによる福音書』には、次のような刺激的な一節が存在します。
「主の伴侶(コイノノス)はマグダラのマリアであった。主はすべての弟子たちよりも彼女を愛し、しばしば彼女の[口/頬]に口づけをされた。残りの弟子たちはそれを見て『なぜあなたは私たちすべてよりも彼女を愛されるのですか』と言った」
また、2世紀から3世紀頃に成立したとされる『マグダラのマリアによる福音書』でも、彼女はペトロたち男性使徒が知らされていない霊的な奥義をイエスから直伝された特別な啓示者として描かれています。
宗教学者たちの見解では、古代のグノーシス主義文書における「伴侶」や「口づけ」という表現は、肉体的な婚姻関係ではなく「深い霊的な交わりや神的な知恵(ソフィア)の伝達」を象徴する隠喩(メタファー)として解釈するのが通例です。ユダヤ社会の慣習として成人男性が独身でいることは珍しかったため「イエス既婚説」が完全否定されるわけではありませんが、「イエスとマグダラのマリアが夫婦であり子供をもうけた」とする積極的な史料的証拠は現在も見つかっていません。妻説は魅力的なミステリーではあるものの、現段階では「歴史的事実」ではなく「後世のロマンと創作の領域」と位置づけるのが妥当です。