江口寿史の歩みを語る上で欠かせないのが、1970年代後半の熱狂的な漫画界への登場である。1977年に『週刊少年ジャンプ』で連載を開始した『すすめ!!パイレーツ』でギャグ漫画の新たなフォーマットを提示すると、1981年には社会現象となった『ストップ!! ひばりくん!』を世に送り出した。主人公でありながら抜群の美貌を誇る「大鳥ひばり」のファッションセンスや洗練された描線は、当時の少年誌において異彩を放ち、読者の視覚感覚を一新させた。
当時のインタビューや自著・手記において、本人は「背景の電柱1本、服のシワ1本に至るまで嘘をつきたくなかった」と回想している。その徹底した写実性とポップアート感覚の融合は、毎週の締め切りという過酷なシステムと摩擦を起こし、休載や未完という伝説的なエピソードを生む契機ともなった。しかし、この時期に極限まで突き詰められた作画へのこだわりこそが、のちのイラストレーターとしての頑強な土台を築き上げたことは紛れもない事実である。
1980年代後半から1990年代にかけて、表現の主戦場は雑誌連載から企業広告やレコードジャケットへと自然にスライドしていった。デニーズのメニューイラストや各種雑誌のカバーアートなどを通じ、コマ割りの制約から解き放たれた一枚画のなかで「瞬間を永遠に定着させる」独自のスタイルを確立。漫画の文脈から生まれたグラフィックが、日本の商業美術を牽引するアートへと結実していく転換点となった。